天皇家はなぜ続いたのか②2018/09/30



梅沢恵美子『天皇家はなぜ続いたのか』(ベスト新書)という、そのものずばりのタイトルの本がある。

在野の研究者のようだが、とりあえず「天皇家存続の謎」に関する入門書としてはいいだろう。

同書の序章には「天孫降臨の神話で、『天皇』は、神の血を引く者しかなれないとされて(略)たとえ力で『天皇』位を手に入れたとしても、天皇になれる血が流れていない限り、それはもう誰がみても、神=天皇という価値は見いだせない。(略)不比等が、藤原の繁栄を目論んでつくり上げた『天孫降臨』は、『天皇』を守り、この後も権力者の象徴として、『天皇』は、幾多の激動の時代を通して存在しつづけるのである」とある。

また、大山誠一『天孫降臨の夢――藤原不比等のプロジェクト』(日本放送出版協会)が上山春平氏の説を紹介している。

それによれば、「藤原氏の支配の論理をたくみに織り込んだものとして不比等が製作したのが『日本書紀』の神話で、なかんずく、天孫降臨神話こそ、藤原ダイナスティの成立を記念するモニュメントであるという」といい、「本稿での私の叙述も、基本的にこの上山説をふまえたものである」からには、本家本元の上山春平を読まねば!

ところが、上山氏の代表作『神々の体系』(中公新書)は絶版で、中古書店に注文。届くまでの間に、本棚にあった梅原猛『海人と天皇』を読んだ話は一昨日書いた通りだ。

さて、『神々の体系』だが、1972年刊と古いため、期待していた内容とはやや違った。

私としては、藤原不比等が天皇家の「万世一系」を創作した真相――つまり、日本の歴史の根幹に触れる部分――が解き明かされるものと期待していたのだ。

ところが、当時、「記紀を天皇家のための歴史と見る考えは、津田左右吉以来、ほぼ古代史研究の主流をなして」いたのであり、上山氏の「天皇家のためというよりはむしろ藤原家のためと見るべきではないか」という問題提起が革新的なものであり、まずはそれを説得するのが第一であったのは仕方がない。

しかも、全く上山氏が初めて独自に言い出した説というよりは、それまでのさまざまな研究を総合しての説なので、それの説明に紙幅を費やすのも仕方がない。
はっきり言って、上山氏オリジナルではないのだ。

中でも井上光貞氏の研究は、すでに上山氏の主張に先行している。 井上光貞といえば、タイトルは忘れたが、高校時代から私の本棚に一冊の本がずっと鎮座していた。

上山氏は、井上氏の「古代の皇太子」という論文を引用している。
「律令法の継承に伴って直系主義が輸入・実施されたちょうどその時期に、記紀が編纂されたという事実を考慮に入れるならば、記紀編纂当時の人々が皇位継承はかくあるべしと信じていたその思想が過去に投影されたものとみなしてよいであろう」

なんのことはない、上山氏はこの記紀編纂の責任者が藤原不比等であると言っているだけなのだ。
これだけの指摘でも、画期的だったのだろう。

しかし、私の疑問である、天皇家が世界最古の2000年も続いたナゾ(2位のデンマークは約1000年)の核心部分は解決されなかった。

梅沢恵美子氏の言葉を借りれば、「本当に知りたい『天皇の正体』、『天皇が存続しつづけられた理由』は、未だに明らかにされていない」「多くの学者が闘わす議論のなかに、本当に知りたいことは含まれていない」のである。

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