本連載の大目標 ― 2017/08/22
さて、本連載には大きな目標がある。
与次郎=負のスパイラルから抜け出し、創業の地に帰り、夕刊を復刊し、近代日本を築いた薩摩の先人の誇りと健全な保守主義の旗を掲げて頑張ってほしいのだ。
さあ、スタートだ。
与次郎=負のスパイラルから抜け出し、創業の地に帰り、夕刊を復刊し、近代日本を築いた薩摩の先人の誇りと健全な保守主義の旗を掲げて頑張ってほしいのだ。
さあ、スタートだ。
プロローグ 心の叫びを聞いてほしい ― 2017/08/22
「こんなことがあったら、大スキャンダルですよ」
私が提出したプロットを小馬鹿にするように、作家が言った。
佐賀市のとあるカルチャーセンター。小説とエッセーの教室。
受講生四、五人の小ぢんまりした授業。主婦がほとんどだが、皆どんな思いで通ってきているのだろう。
私は内心、かなり追い詰められていた。
新聞記者を辞めて文筆で生きようと寄稿や出版をしていたが、いずれも原稿料無しか自費出版でプロとは言えない。「フリーライター」を自称するのは簡単だが、それだけに恐ろしく社会的地位は低く、世間は胡散臭くしか見てくれない。下請けの仕事しかない。新聞記者なら一国の元首や総理大臣にも取材できるのに。
やはり日本ではメジャーな文学賞を取るのが唯一の道らしい。
通信制大学の文芸コースや公募ガイドの通信講座などありとあらゆる門を敲いた。
日々、部屋に引き籠るという孤独と、いくら時間を費やしても報われない巨大な徒労感と才能のなさに耐えなければならない。
そんな中、初めて見つけた「現役プロ作家が教える」対面授業。
メジャーなミステリ賞の優秀作を受賞してデビュー。さほど知られてはいないが、正真正銘のプロ作家だ。福岡で探してもずっと見つからなかった形態の授業が佐賀であるとは。
「もうこれに賭けるしかない。成果が出るまで何年でもしがみついてやる!」との切羽詰まった思いだった。
月に二回、土曜日の午後の一時間半。自宅から車で一時間二十分ほどかけて通う。
目指すはミステリー小説。
どの作家も「たくさん本を読め」と口を揃えるので、権威あるブックガイドに載っている国内外のミステリーの名作三百冊を読破した。それだけで一年半かかった。
さて、インプットはした。書かねば。しかし、どうにも良いものが書けずに苦しんでばかり。
じっと家に籠もり、プロットを考えていると、辞めた会社への恨みがふつふつと湧いてくる。
しかし、ネガティブな感情にもとづくものは読者も楽しくあるまい、駄目だと悩む。
そんなときに、横山秀夫の言葉に出会った。
横山は「小説を書くことで世の中に復讐してはいけない」という。
だが、それに続けて「執筆の動機はそれだって構わないんです。正のエネルギーよりも負のエネルギーのほうが爆発力が強いですからね。ただ、復讐心に限らず、負の感情を執筆の原動力にした場合、作品にする道程のどこかで昇華しなければいけない、一次的な感情をそのまま字にしてはならない、と常々思っています」と述べている。
これが私の指標となった。
みっともないから自分の胸の内に秘め、会社の誰にも家族にも話したことがなかった数々の〝事件〟。それをフィクションという形に昇華して世に出そうと何年ももがいた。
冒頭の言葉を正確に書くと、作家(講師)はこう言ったのだ。
「市長が新聞社の人事に影響力を及ぼしたとしたら、大スキャンダルじゃないですか」。言外に「そんなこと現実にはあり得ないでしょう」と反語のニュアンスがある。
「例えば、こうしたらどうか」――作家は代替案を示し始めた。つまり、こんな現実離れしたプロットでは読者は付いてこない、リアリティーがないから変えろと言っているのだ。
(いや、実際にあったことなんだ……)あとはもう、耳に入らなかった。
そうか、あれは大スキャンダルだったのだ。
何事も気づくのが遅い人間だが、二十年も経ってから気づかされるとは。
大スキャンダルという発想はなかった。個人的なパワーハラスメント(当時そんな言葉はなかったが)として受け取っていた。私ごとだから誰にも打ち明けなかった。
しかし、理不尽な目に遭ったことを表現したい。フィクションとして昇華したいという切実な思いで苦しんでいた。
それが実は、スキャンダル=報道機関の不祥事という社会的な意味を持つものだったとは! コペルニクス的転換が起こった。
プロの作家さえも現実とは思えないような、非常識な仕打ちに自分は遭わされたのだ。
私の提出したプロットはこうだ――。
タイトルは「失墜」。
私が提出したプロットを小馬鹿にするように、作家が言った。
佐賀市のとあるカルチャーセンター。小説とエッセーの教室。
受講生四、五人の小ぢんまりした授業。主婦がほとんどだが、皆どんな思いで通ってきているのだろう。
私は内心、かなり追い詰められていた。
新聞記者を辞めて文筆で生きようと寄稿や出版をしていたが、いずれも原稿料無しか自費出版でプロとは言えない。「フリーライター」を自称するのは簡単だが、それだけに恐ろしく社会的地位は低く、世間は胡散臭くしか見てくれない。下請けの仕事しかない。新聞記者なら一国の元首や総理大臣にも取材できるのに。
やはり日本ではメジャーな文学賞を取るのが唯一の道らしい。
通信制大学の文芸コースや公募ガイドの通信講座などありとあらゆる門を敲いた。
日々、部屋に引き籠るという孤独と、いくら時間を費やしても報われない巨大な徒労感と才能のなさに耐えなければならない。
そんな中、初めて見つけた「現役プロ作家が教える」対面授業。
メジャーなミステリ賞の優秀作を受賞してデビュー。さほど知られてはいないが、正真正銘のプロ作家だ。福岡で探してもずっと見つからなかった形態の授業が佐賀であるとは。
「もうこれに賭けるしかない。成果が出るまで何年でもしがみついてやる!」との切羽詰まった思いだった。
月に二回、土曜日の午後の一時間半。自宅から車で一時間二十分ほどかけて通う。
目指すはミステリー小説。
どの作家も「たくさん本を読め」と口を揃えるので、権威あるブックガイドに載っている国内外のミステリーの名作三百冊を読破した。それだけで一年半かかった。
さて、インプットはした。書かねば。しかし、どうにも良いものが書けずに苦しんでばかり。
じっと家に籠もり、プロットを考えていると、辞めた会社への恨みがふつふつと湧いてくる。
しかし、ネガティブな感情にもとづくものは読者も楽しくあるまい、駄目だと悩む。
そんなときに、横山秀夫の言葉に出会った。
横山は「小説を書くことで世の中に復讐してはいけない」という。
だが、それに続けて「執筆の動機はそれだって構わないんです。正のエネルギーよりも負のエネルギーのほうが爆発力が強いですからね。ただ、復讐心に限らず、負の感情を執筆の原動力にした場合、作品にする道程のどこかで昇華しなければいけない、一次的な感情をそのまま字にしてはならない、と常々思っています」と述べている。
これが私の指標となった。
みっともないから自分の胸の内に秘め、会社の誰にも家族にも話したことがなかった数々の〝事件〟。それをフィクションという形に昇華して世に出そうと何年ももがいた。
冒頭の言葉を正確に書くと、作家(講師)はこう言ったのだ。
「市長が新聞社の人事に影響力を及ぼしたとしたら、大スキャンダルじゃないですか」。言外に「そんなこと現実にはあり得ないでしょう」と反語のニュアンスがある。
「例えば、こうしたらどうか」――作家は代替案を示し始めた。つまり、こんな現実離れしたプロットでは読者は付いてこない、リアリティーがないから変えろと言っているのだ。
(いや、実際にあったことなんだ……)あとはもう、耳に入らなかった。
そうか、あれは大スキャンダルだったのだ。
何事も気づくのが遅い人間だが、二十年も経ってから気づかされるとは。
大スキャンダルという発想はなかった。個人的なパワーハラスメント(当時そんな言葉はなかったが)として受け取っていた。私ごとだから誰にも打ち明けなかった。
しかし、理不尽な目に遭ったことを表現したい。フィクションとして昇華したいという切実な思いで苦しんでいた。
それが実は、スキャンダル=報道機関の不祥事という社会的な意味を持つものだったとは! コペルニクス的転換が起こった。
プロの作家さえも現実とは思えないような、非常識な仕打ちに自分は遭わされたのだ。
私の提出したプロットはこうだ――。
タイトルは「失墜」。
プロローグ 心の叫びを聞いてほしい② ― 2017/08/22
佐賀市の小説教室に提出したプロットはこうだ――。
タイトルは「失墜」。
南国日日新聞社会部の遊軍記者、江頭健一(34)は、薩摩半島南端のM市に取材車で急行している。運転しているのは事件記者の満尾明(26)だ。
同市の村中消防長の乗ったセスナが、薩摩硫黄島飛行場で墜落したのだ。
M市には市営の小さな空港がある。村中は、沖合の硫黄島にある飛行場と結ぶチャーター便を利用していた。
不可思議な事故だった。
パイロットも村中も無事だったのだが、村中は墜落後に現場から立ち去り、行方不明になっているというのだ。パイロットの証言によると、村中が操縦を妨害して機は墜落したのだという。
村中は二か月後の市長選に立候補を表明している。二日後には決起集会を開く予定だ。それなのにどうして自殺行為を図ったのか。
複雑な背景があるのではないか、と江頭が応援に駆り出された。江頭はこの三月までM支局長だったのだ。村中とはウマが合って、親しくしていた。
行ってみると、まだ赴任三か月の脇本・新支局長は既にがっちりと今別府市長と信頼関係を結んでいた。脇本は如才ない男だ。江頭が支局に出ている間に中途採用で入社したので、引き継ぎ時に初めて顔を合わせた。
江頭は苦々しい思いになる。昨春、支局二年目の終わりに、編集局長から「本社へ帰るか」と打診されたのである。今別府市長が大学時代の友人である広末・新聞社社長に支局長を代えてほしいと訴えたのだという。
江頭は異動を断り、残り一年を歯を食いしばって耐えた。そんな無念さが胸に渦巻く。
空港に駆け付け、次いでM警察署を訪ねる。
塗木署長に聞くと、パイロットの言い分通り、村中が操縦を妨害して揉み合いになったため、機が墜落したということで事故を処理しようとしている。村中は行方不明であり、警察は村中にまだ一言も事情聴取していない。パイロットの操縦ミスかもしれないではないか。江頭は疑問を持つ。
江頭は、いったん社に上がる満尾と別れ、旧知の人に会うためにM市内のビジネスホテルに泊まる。村中が発見されるまでは取材を続けるのだ。
その夜、今別府市長と脇本支局長が同じ業界紙の出身であることを知る。江頭はきな臭いものを感じる。
すべてが市長当選のために結託しているのではないか。
まさか、パイロットはわざと機を墜落させ、村中を殺そうとした?
江頭は翌日、パイロットに会うが、村中が突然つかみかかってきたという証言を繰り返すばかりだ。江頭にはM市を引き揚げるよう、社会部から指示が出る。
翌々日、村中は硫黄島の湾内から遺体で発見される。
航行中の航空機を墜落させたとして、「航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律」違反の疑いで、被疑者死亡のまま書類送検される。
ミステリーぽく脚色しているが、ほとんど事実を基にしている。
タイトルは「失墜」。
南国日日新聞社会部の遊軍記者、江頭健一(34)は、薩摩半島南端のM市に取材車で急行している。運転しているのは事件記者の満尾明(26)だ。
同市の村中消防長の乗ったセスナが、薩摩硫黄島飛行場で墜落したのだ。
M市には市営の小さな空港がある。村中は、沖合の硫黄島にある飛行場と結ぶチャーター便を利用していた。
不可思議な事故だった。
パイロットも村中も無事だったのだが、村中は墜落後に現場から立ち去り、行方不明になっているというのだ。パイロットの証言によると、村中が操縦を妨害して機は墜落したのだという。
村中は二か月後の市長選に立候補を表明している。二日後には決起集会を開く予定だ。それなのにどうして自殺行為を図ったのか。
複雑な背景があるのではないか、と江頭が応援に駆り出された。江頭はこの三月までM支局長だったのだ。村中とはウマが合って、親しくしていた。
行ってみると、まだ赴任三か月の脇本・新支局長は既にがっちりと今別府市長と信頼関係を結んでいた。脇本は如才ない男だ。江頭が支局に出ている間に中途採用で入社したので、引き継ぎ時に初めて顔を合わせた。
江頭は苦々しい思いになる。昨春、支局二年目の終わりに、編集局長から「本社へ帰るか」と打診されたのである。今別府市長が大学時代の友人である広末・新聞社社長に支局長を代えてほしいと訴えたのだという。
江頭は異動を断り、残り一年を歯を食いしばって耐えた。そんな無念さが胸に渦巻く。
空港に駆け付け、次いでM警察署を訪ねる。
塗木署長に聞くと、パイロットの言い分通り、村中が操縦を妨害して揉み合いになったため、機が墜落したということで事故を処理しようとしている。村中は行方不明であり、警察は村中にまだ一言も事情聴取していない。パイロットの操縦ミスかもしれないではないか。江頭は疑問を持つ。
江頭は、いったん社に上がる満尾と別れ、旧知の人に会うためにM市内のビジネスホテルに泊まる。村中が発見されるまでは取材を続けるのだ。
その夜、今別府市長と脇本支局長が同じ業界紙の出身であることを知る。江頭はきな臭いものを感じる。
すべてが市長当選のために結託しているのではないか。
まさか、パイロットはわざと機を墜落させ、村中を殺そうとした?
江頭は翌日、パイロットに会うが、村中が突然つかみかかってきたという証言を繰り返すばかりだ。江頭にはM市を引き揚げるよう、社会部から指示が出る。
翌々日、村中は硫黄島の湾内から遺体で発見される。
航行中の航空機を墜落させたとして、「航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律」違反の疑いで、被疑者死亡のまま書類送検される。
ミステリーぽく脚色しているが、ほとんど事実を基にしている。
毒の町 (ポイゾンビル) ― 2017/08/22
平成6年(1994)4月、私は新聞社の枕崎支局に赴任した。
ダシール・ハメット「血の収穫」は、探偵が田舎町にやってきた場面から始まる。
その町パーソンビルを人は「毒の町(ポイゾンビル)」と呼んでいる。
町の支配者、新聞社、組合、悪人共、銀行員、警察署長、元刑事らによって腐りきった町だからだ。
枕崎は、私にとって「毒の町」だった。
ダシール・ハメット「血の収穫」は、探偵が田舎町にやってきた場面から始まる。
その町パーソンビルを人は「毒の町(ポイゾンビル)」と呼んでいる。
町の支配者、新聞社、組合、悪人共、銀行員、警察署長、元刑事らによって腐りきった町だからだ。
枕崎は、私にとって「毒の町」だった。
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