「いただく」が我慢できない2017/09/24

今朝の産経新聞一面コラム「産経抄」が、「させていただく」の多用について書いている。
私も随分前から疑問を呈していた。

日本校正者クラブ機関紙「いんてる」2014年11月7日号に寄稿した文章を再掲したい。

【「いただく」が我慢できない】

 「いただく」という言葉は、いわずと知れた代表的な謙譲語である。
 つまり、自分の行動をへりくだって言う言葉だ。 
 ところが、これを丁寧語と勘違いして使う言い方が、しばらく前からはびこりだした。
 つまり、他人の行動に対してこれを使う。
 
 テレビで、自分が作った料理を
「どうぞ、いただいてください」
 と人に勧めている。
 聞くたびに頭が痛くなる。
 人をへりくだらせてどうする! 
「どうぞ召し上がってください(お召し上がりください)」という立派な言葉があるのだ。あるいは簡単に「どうぞお食べください」でいい。

 自分の身内に使う誤用。
「これ、父からいただいた物なんです」
 お前の父親は王様か!?
 父親に対してへりくだるというのは、相手に自分の父親を尊敬しろ、と言ってるのと同じ。
 身内は自分と同じく人様より下に見なくてはいけない。
「父からもらった」で十分。
 仰天したのは、ある芸能人が食卓の写真を見せて、
「これは妻に作っていただいたんです」
 と言っていたこと。

 もうひとつ。
 すべての動詞に「いただく」を付ける、「いただく」のオンパレードもよく聞く。
「本日このご旅行をご検討いただくということで来ていただきました。それでは私からご説明させていただきます。…」
 言ってる方も舌が回らない。慇懃無礼はかえって気持ちが伝わらない。「私が説明いたします」と、すっきり言ってくれ。

 いんてる第136号で花村さんが問題提起してくださったので、私なりに近年の過剰な「いただく」について日ごろ思っていることを書いた次第です。
 ちなみに野口恵子著『バカ丁寧化する日本語』(2009年、光文社新書)の本の中で、元アナウンサーが一般の人に向けて「局アナ時代は、この番組とこの番組を担当させていただきました」と言うのはおかしいと著者が書いていることに対して、これに何の不都合があるのだろうか、と疑問を呈しておられます。
 私はこの例はやはり「いただく」の誤用だと考える。なぜなら、一般の人はこのアナウンサーがその番組を担当するに至った内部事情など知らないからだ。丁寧に言ってるんだからいいじゃないかと反論されそうだが、先に言ったように「いただく」は丁寧語ではなく謙譲語なのだ。手元の電子辞書を引くと、広辞苑にも謙譲の用例はあるが、丁寧語との記載はない。だから、番組の担当について一般の聴衆にへりくだる必要は何もないのにへりくだっていることになります。よってこの場合、「担当いたしました」が正しいと思います。
 皆さん、どうでしょうか。