今日のひとこと(勝負手)2024/06/01

将棋には形勢が不利なときに指す「勝負手」という概念があります。うまく指されたら負けてしまうけれど、もし相手が間違えてくれたら勝負に持ち込める―というような手です。AIにはその概念がなくて、勝負手を指すと悪手だと評価されることが多い。でも勝負手は人間同士の対局では有効な戦術です。AIの指し手や評価値は参考になるけれど、すべて取り入れるのではなく、人間ならではの考え方も生かす必要がある。今はAIを使った研究が盛んですけれど、最終的には研究を外れてからの戦いになります。局面の急所を見つけて構想を立てる。その力をどうつけるかが課題ですね。
~藤井聡太、昨日付産経新聞~


「勝負手」とは、正々堂々勝利を決める最善の「決定打」かと思ったら、相手が間違ってくれることを期待した、いわば小ずるい一手だというんで驚いた。

今、将棋の観戦はAIの評価値を楽しむようになって、素人でも形勢がよく分かるようになってきた。

藤井君がヒトケタ%というどうしようもない劣勢から、苦し紛れのハッタリの手を打って、大大逆転するのを何度も見てきた。
評価値を知って見ていると、90数%優勢の側はそんな手は適当にあしらえばいいのにと思うのだが、緋縅の鎧の話じゃないが、藤井君のことだからきっとすごい手なんだろうと疑心暗鬼におちいって、まともに受けに回ってしまってせっかくの勝機を逃してしまうのだ。

きっと藤井君はそんなはったりの勝ち方では後味が悪くてうれしくないだろう、反省してるんだろうなと思っていたら全く違った。
そういう相手の失着を招く手こそ「勝負手」として重視しているのだと分かって驚いたのなんの。

今日のひとこと(玉城知事)2024/06/04

――知事、左派勢力の声に流されていませんか
 私は、私を支持してくれる方々に、私が自衛隊を認め、日米安保体制を認める立場であると、明確に話しています。
~玉城デニー、昨日付産経新聞インタビュー~


あれっ、そうなの?

鹿児島県警がまた荒れている2024/06/06

警察や自衛隊は応援したいと思ってるほうだけど、鹿児島県警がまた荒れているみたいね。

私が新聞社に在職中(20年前)にも、志布志事件という、選挙違反のでっち上げ事件があった。
体質は変わらないのかね。

今日のひとこと(「無礼」の時代)2024/06/10

次第に日本人の心の質が変わってゆく。いつかやがて「無礼」という言葉の意味さえ分からなくなる日が来るのだろうと思う。だがその日まで生きないで済む老人で良かったよ。あ、済まないが自決する気はない。
~さだまさし、昨日付産経新聞1面日曜コラム~


さだまさしは私より5年上ということは、71か72歳。
私もあと10年~15年は元気でいたいと思う半面、このどんどんおかしくなっていく世の中を見たくないという気持ちがある。

国史教科書で教えたい2024/06/14

竹田恒泰さんから「国史教科書」の講義を5日間くらい聞いて、その修了者は公認の歴史塾を開ける、みたいなイメージかな。
というのも、実際、この教科書を採用する中学校は少ないと思うのよ。特に初めのうちは。だから応援したい。

今日のひとこと(パクリ)2024/06/15

連載中の「帰ってきた令和阿房列車で行こう」では、ほぼ毎回「明日のこころだぁ!」で締めている。これは、昭和48年から約40年続いたラジオ番組「小沢昭一的こころ」で、俳優の小沢昭一さんが、番組の最後で使っていたセリフをオマージュした(パクった)ものである。今回の見出しも同番組が週替わりでサブタイトルに「〇〇について考える」とつけていたのを見習ったもので、私の仕事は、阿房列車を世に出した内田百閒先生と小沢さんのおかげで成り立っている。
~昨日付産経新聞、乾正人のコラム「大手町の片隅から」~


私はこの「帰ってきた令和阿房列車で行こう」の連載を見たとたん、またかよ、と思った。
「帰ってきた」と銘打っているように、前にも同じ筆者で「阿房列車」の連載があったのだ。

そのとき、タイトルも、締めの「明日のこころだぁ!」もパクリだとすぐ分かり、不快な気持ちになった。
そのくだらん連載が好評?だったらしく、また帰ってきて、また毎日不快な気持ちである。
罪滅ぼしのつもりなのか、今になって、上記のコラムにパクリを告白したというわけだ。

私が文化部記者だった頃、先輩記者(のちに編集局長)のことを内心「えせ文化人め」と軽蔑していた。その記者は島尾敏雄を批判しておいて「ま、読んでないんだけどね」と平気でのたまわった。
そして「内田百閒はいいね」と言ったのである。

内田百閒ならもちろん知っていた。
それこそ「阿房列車」も面白い。誰でも気楽に読める。何冊か読んだら飽きる。だから後輩に「おれは内田百閒を知ってるんだぞ」と胸を張るほどの作家ではない。
それを知っていたから、私は「島尾敏雄をこきおろしておいて、出てきたのは内田百閒かよ」と白けて聞いていた。
内田百閒といえば、そんなことを思い出す。
もちろん内田百閒に罪はない。
しれっとしてパクる記者の精神が不愉快だ。

「明日のこころだぁ!」にすぐピンと来たのは、まさに昭和48年から高校の3年間、ちょうど学校帰りの時間帯に、バスの運転手がいつも車内放送でラジオの「小沢昭一的こころ」を流していたからである。

国史教科書で教えたい22024/06/22

検定に合格した教科書を展示する「教科書展示会」なるものがいま開かれていると知って、昨日、太宰府市役所に行って見てきた。

お目当てはもちろん竹田恒泰氏執筆の「国史教科書」である。
(奥付には著者名は2人書かれていた)

全体を通して読んでみたが、予想以上の出来だった。
ああいうおしゃべりの人(失礼!)がここまで書けるとは思わなかった。
竹田恒泰すごい!

もちろん根底にこれまでの自虐教育を是正したいという熱い気持ちがあるわけだが、6回検定に落ちて7回目の合格である。執念があっぱれではないか。
他の保守漫談家には決して真似できない。

主義主張以前に、歴史の教科書としてよく目配りされている。
重要なところでは、必要十分な原資料が掲載してある。

かと言って、決して文科省に遠慮、妥協しているわけではない。
慰安婦問題の元凶、吉田清治の実名まで書いている。

ぜひ全てとはいかないまでも多くの中学校で教科書に採用してほしい。

でも、逆に排斥運動が起こる可能性もじゅうぶん考えられる。

なんとか応援していきたい。
早く発売されないかな~