摩周湖紀行 ― 2021/04/07

林芙美子の「摩周湖紀行」(1934年『改造』8月号)を読んだら、懐かしかった。
1979年、21歳のときに北海道旅行をして摩周湖にも立ち寄った。
芙美子の文章を読むと、知らないことばかり書いてある。
ま、学生だったしね、下調べなんかしないよね(笑)。
「摩周湖は海抜三百五十メートルくらいで、湖の深さは二百メートルばかりあるとか聞いた。摩周山の中腹から見える湖の姿は、ぽつんと鏡を置いたようであった。この鏡のような湖心にはカムイシュというほくろのような島があり、まるで浮いているようであった。」
当時の写真を見ると、確かに浮いているような島がある。
「ほくろ」か…。
「摩周湖は自分の空想した湖よりもこうごうしかった。なぎさに人を寄せつけない孤立した湖だけに、じみで雄大であった。晴れ間に姿を現わしている間はまことにつかの間で、いつも霧か雲で姿を隠しているということである。」
では、あのとき湖が見られたのは幸運だったのだ。
芙美子が摩周湖に行ってから45年後に私が行き、それからまた42年がたったのだ。
1979年、21歳のときに北海道旅行をして摩周湖にも立ち寄った。
芙美子の文章を読むと、知らないことばかり書いてある。
ま、学生だったしね、下調べなんかしないよね(笑)。
「摩周湖は海抜三百五十メートルくらいで、湖の深さは二百メートルばかりあるとか聞いた。摩周山の中腹から見える湖の姿は、ぽつんと鏡を置いたようであった。この鏡のような湖心にはカムイシュというほくろのような島があり、まるで浮いているようであった。」
当時の写真を見ると、確かに浮いているような島がある。
「ほくろ」か…。
「摩周湖は自分の空想した湖よりもこうごうしかった。なぎさに人を寄せつけない孤立した湖だけに、じみで雄大であった。晴れ間に姿を現わしている間はまことにつかの間で、いつも霧か雲で姿を隠しているということである。」
では、あのとき湖が見られたのは幸運だったのだ。
芙美子が摩周湖に行ってから45年後に私が行き、それからまた42年がたったのだ。
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