今日のひとこと ― 2021/08/18
高橋源一郎
要するに、イメージとしては『放浪記』の林芙美子なんですよ。
で、実は、林芙美子は日中戦争で中国にも行った、もちろんね、それから太平洋戦争では南方も訪れて、それぞれ戦地のルポルタージュを書いています。
これは実は、僕もよく知らなかったんですよ。
書いてるって話は聞いたんですけど、今回初めて読んで、代表的なのは『戦線』という、もう一つは『北岸部隊』というのがあるんですけど、どちらも中国の漢口という、これは南京が首都だったんだけど陥ちて、次に首都になった、そこへ向かって日本軍が攻めていくときに、一緒に日本軍とともに行った、従軍、ま、ドキュメンタリーですね。
~8月13日放送のNHKラジオ第一「高橋源一郎と読む『戦争の向こう側』2021」
https://www.youtube.com/watch?v=fjaDWQ33Ksg
高橋源一郎は『日本文学盛衰史』など、日本の近現代文学そのものを小説や評論にしている作家だが、そんな高橋も林芙美子が従軍作家として数々の作品を書いていたことを知らなかったし、もちろん読んでもいなかったというのだ。『放浪記』のイメージしかなかった。
これは驚くべきことだが、私が拙著『林芙美子が見た大東亜戦争』で問題視、問題提起したことそのものである。
あらためて拙著の意義を認識し、広めていかなければと思った次第である。
どうぞユーチューブを聞いてみて下さい。
前半約50分が林芙美子についてです。『戦線』と『ボルネオ・ダイヤ』を主に取り上げています。高橋源一郎が芙美子を「すごい作家」だと再認識しているのが面白い。
要するに、イメージとしては『放浪記』の林芙美子なんですよ。
で、実は、林芙美子は日中戦争で中国にも行った、もちろんね、それから太平洋戦争では南方も訪れて、それぞれ戦地のルポルタージュを書いています。
これは実は、僕もよく知らなかったんですよ。
書いてるって話は聞いたんですけど、今回初めて読んで、代表的なのは『戦線』という、もう一つは『北岸部隊』というのがあるんですけど、どちらも中国の漢口という、これは南京が首都だったんだけど陥ちて、次に首都になった、そこへ向かって日本軍が攻めていくときに、一緒に日本軍とともに行った、従軍、ま、ドキュメンタリーですね。
~8月13日放送のNHKラジオ第一「高橋源一郎と読む『戦争の向こう側』2021」
https://www.youtube.com/watch?v=fjaDWQ33Ksg
高橋源一郎は『日本文学盛衰史』など、日本の近現代文学そのものを小説や評論にしている作家だが、そんな高橋も林芙美子が従軍作家として数々の作品を書いていたことを知らなかったし、もちろん読んでもいなかったというのだ。『放浪記』のイメージしかなかった。
これは驚くべきことだが、私が拙著『林芙美子が見た大東亜戦争』で問題視、問題提起したことそのものである。
あらためて拙著の意義を認識し、広めていかなければと思った次第である。
どうぞユーチューブを聞いてみて下さい。
前半約50分が林芙美子についてです。『戦線』と『ボルネオ・ダイヤ』を主に取り上げています。高橋源一郎が芙美子を「すごい作家」だと再認識しているのが面白い。
パワハラは何十年たっても忘れない ― 2021/08/18
一昨日、新聞社の枕崎支局時代を回顧したばっかりに、嫌なことを思い出した。
私は同支局時代から突然、会社の上層部ぐるみのパワハラを受け始めた。
本社での支局長会議のあと、編集局長が私に残るように命じ、何を告げたか。
枕崎の今急冷市長が、拾田社長に支局長を代えてほしいと訴えている。どうするかというのだ。
今急冷と拾田は鹿児島大学の先輩後輩の仲だという。
どうするかと言われても、寝耳に水だ。
なぜ?と戸惑いながらも「残留させてください」というしかなかった。
それから地獄が続いた。
拾田の命を受けた、汚元次長や蟻川社会部デスクが毎日、執拗に嫌がらせを続けた。
特ダネを書いても嫌味を言われるのだから、たまったもんじゃない。
汚元にいたっては、休日にこっそり枕崎支局管内まで来て、私に黙って祭りの写真を一面に載せるという侮辱をおこなった(ほぜどん事件)。
https://restart.asablo.jp/blog/2017/08/23/8654126
私のようにアドリブで言い返せない人間は黙り込んで不平を伝えるだけだ(もちろん相手にとっては屁でもない)。
毎日毎日がつらかった。
死のうと思った。
実際、自ら命を絶った人間は喧嘩のできない、おとなしい人間ばかりだ。
志布志支局へ赴任直後行方不明になったK君。
私の同期のM君は、私と同じ編集部デスク時代に亡くなった。
どちらも縊死だ。
私は家族のことを考えると、何とか50歳の選択定年まではと歯を食いしばって生き延びた。
社員は皆、私の心情を知らないから、退職金の割り増しと年功金をもらってさっさと辞めやがったと憎らしく思っていることだろう。
が、追い詰められた私に他の選択肢はなかった。
私は同支局時代から突然、会社の上層部ぐるみのパワハラを受け始めた。
本社での支局長会議のあと、編集局長が私に残るように命じ、何を告げたか。
枕崎の今急冷市長が、拾田社長に支局長を代えてほしいと訴えている。どうするかというのだ。
今急冷と拾田は鹿児島大学の先輩後輩の仲だという。
どうするかと言われても、寝耳に水だ。
なぜ?と戸惑いながらも「残留させてください」というしかなかった。
それから地獄が続いた。
拾田の命を受けた、汚元次長や蟻川社会部デスクが毎日、執拗に嫌がらせを続けた。
特ダネを書いても嫌味を言われるのだから、たまったもんじゃない。
汚元にいたっては、休日にこっそり枕崎支局管内まで来て、私に黙って祭りの写真を一面に載せるという侮辱をおこなった(ほぜどん事件)。
https://restart.asablo.jp/blog/2017/08/23/8654126
私のようにアドリブで言い返せない人間は黙り込んで不平を伝えるだけだ(もちろん相手にとっては屁でもない)。
毎日毎日がつらかった。
死のうと思った。
実際、自ら命を絶った人間は喧嘩のできない、おとなしい人間ばかりだ。
志布志支局へ赴任直後行方不明になったK君。
私の同期のM君は、私と同じ編集部デスク時代に亡くなった。
どちらも縊死だ。
私は家族のことを考えると、何とか50歳の選択定年まではと歯を食いしばって生き延びた。
社員は皆、私の心情を知らないから、退職金の割り増しと年功金をもらってさっさと辞めやがったと憎らしく思っていることだろう。
が、追い詰められた私に他の選択肢はなかった。
今日のひとこと ― 2021/08/18
桐壺院から朱雀帝への遺言
あなたには
帝(みかど)として
帝室千年の
栄えのために
努めてほしい
臣にも
民人にも
心くばりを
忘れずに
いままでに
変わらず
なにごとにも
源氏の大将と
計って
政事(まつりごと)を
行うように
~大和和紀『あさきゆめみし』(講談社)第3巻
この言葉、特に「帝として帝室千年の栄えのために努めてほしい」に感動したので、原文ではどうなっているのか、有名な訳二つで確認した。
與謝野晶子訳
「私が生きていた時と同じように、大事も小事も彼を御相談相手になさい。年は若くても国家の政治をとるのに十分資格が備わっていると私は認める」云々と、
円地文子訳
「私の世にある時と変らず、大小にかかわらず何事にも、あれを後見とお思いになるように、……」
いずれも、大和和紀訳の前段部分は存在しない。光源氏に対する言及だけだ。
つまり、これは作者大和和紀の意訳というか創作なのだ。
しかし著名な女流作家よりもずっと簡潔でいて、本質を突いて素晴らしい。
「帝として帝室千年の栄えのために努めてほしい」をどこから絞り出してきたのか、天才的だ。
あなたには
帝(みかど)として
帝室千年の
栄えのために
努めてほしい
臣にも
民人にも
心くばりを
忘れずに
いままでに
変わらず
なにごとにも
源氏の大将と
計って
政事(まつりごと)を
行うように
~大和和紀『あさきゆめみし』(講談社)第3巻
この言葉、特に「帝として帝室千年の栄えのために努めてほしい」に感動したので、原文ではどうなっているのか、有名な訳二つで確認した。
與謝野晶子訳
「私が生きていた時と同じように、大事も小事も彼を御相談相手になさい。年は若くても国家の政治をとるのに十分資格が備わっていると私は認める」云々と、
円地文子訳
「私の世にある時と変らず、大小にかかわらず何事にも、あれを後見とお思いになるように、……」
いずれも、大和和紀訳の前段部分は存在しない。光源氏に対する言及だけだ。
つまり、これは作者大和和紀の意訳というか創作なのだ。
しかし著名な女流作家よりもずっと簡潔でいて、本質を突いて素晴らしい。
「帝として帝室千年の栄えのために努めてほしい」をどこから絞り出してきたのか、天才的だ。
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