エッセーに書かれた、とんでもない拉致未遂2018/01/20

南日本新聞の夕刊の一面左肩に、「思うこと」というエッセーのコーナーがあった(夕刊は2009年2月末で廃止)。

曜日ごとの日替わりメンバーが10回ずつ担当し、10週経ったら次の執筆陣と交代する。

毎日なのだから累計すると膨大な量だが、二つだけ忘れられない「思うこと」がある。

一つは、自宅から逃げ出した文鳥の話。

言葉を教えるなどして可愛がっていた文鳥をある日、うっかり籠から逃がしてしまい、すっかりしょげていた。
鹿児島市では、甲突川河畔の広場で春と秋に「木市(きいち)」という植木市が開かれる。植物がほとんどだが、中には小鳥を売っている店などもある。
会場を歩いていると、自分の名前を呼ばれた。
見ると、自分が可愛がっていた文鳥が籠の中にいたという話。

もう一つが問題だ。

ある日、浜辺にいて(たぶん吹上浜だったと思う)沖を眺めていると、黒い点が急速に大きくなっていって、船だと分かった。
ものすごいスピードで浜に乗り付けると、数人の男が船から降りて、こちらに向かって走ってくる。
その尋常ではない様子に必死に逃げ、なんとか逃げのびることができた。
あれは北朝鮮の船ではなかったか、という話。

驚いた。エッセーで済ませるような内容ではない。
しかし、話を基にあらためて取材し直そうという動きは社内になかった。
読者からも「突き止めるべきだ」みたいな反響は聞いた記憶はない。

何年何月何日に掲載されたか調べる術はないが、すでに北朝鮮による日本人拉致は明らかになっていたのは確かだ。
それでも、そんなに新聞社内でも関心は低かったのだ。

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