『女と刀』書評 ― 2022/03/04
中村きい子『女と刀』が、ちくま文庫になって今月14日頃にも出るという。
これはうれしい。
前回、思想の科学社から単行本で出たのが1988年!
当時私が『アビタン』という雑誌に書いた書評を紹介したい。
定年退職を機に、妻から見捨てられ離婚される夫が増えているという。周囲は「長年連れ添ってきて何を今さら」と引き止めようとするが、当の妻の方には何か突きつめた、切羽詰まったものがあるに違いない。
この小説の主人公キヲは70歳にもなって、50年暮らした夫に「ひとふりの刀の重さにも値しない男よ」という言葉を投げつけて離別する。今回の出版は再刊であり、もとは昭和40年に書かれた小説であることを考えれば当時における斬新さが分かる。
しかも、戦前まで士族とザイという身分制度が残っていたという鹿児島の〝郷〟が舞台なだけに、薩摩郷士の娘キヲのタブーに挑む闘いぶりはすさまじい。
この小説の主題は、女も〝おのれの意向〟を持つということだ。小さいころから父に「おのれに意向をもて」としつけられたキヲだったが、その父によって二度も意に沿わない結婚を強いられる。そして少しも情(こころ)の通わない夫との間に八人の子をもうける。
そんなキヲがある日実家にあった刀と向き合う。刀はおのれの意向を打ちたてるため、敵を倒すために存在している。もちろん薩摩では〝男と刀〟であって〝女と刀〟ではない。しかしキヲは「あくまでもわたしの意向を通すというこの理念と向き合う相手として、この刀をわたしはおのれのものとしたい」と父を拝み倒して刀を譲り受けるのだ。
当時私は30歳で、文化部の文芸担当記者だった。
文化部長と一緒に中村きい子さんを訪ねた。
小さな路地に面した勝手口から出てきた中村きい子さんの姿を覚えている。
何を話したかは覚えていない。立ち話で終わった気がする。
昭和3年生まれだから、そのとき60歳。
もう一線を引いて静かに暮らしている感じだった。
ともあれ、このすごい作品が再び世に出たのは喜ばしい。
ぜひ多くの人に読んでもらいたい。
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