ロシアは度し難い2023/05/09

日本でのスパイ活動で死刑になったリヒャルト・ゾルゲを英雄視するロシア。

昨年3月3日に書いたように、ゾルゲの遺骨を多磨霊園から北方領土に移すことまで企んでいる。

原寮さん死去2023/05/10

原寮さんの作品はすべて新刊で読んだ。

直木賞を受賞した『私が殺した少女』(1989年)を2014年、ちょうど四半世紀ぶりに再読したときの感想が残っている。

やや、ネタバレかもしれない。

「四半世紀ぶりに読んだが、面白かった。(私は本を読むと眠くなるのだが)一度も眠くならなかった。こんな意外な結末だったとはね。まあ、これだけ長い紙数追ってきた誘拐殺人事件が最後の最後に茶番というか、消失してしまうとは。作家とは何と根気のいる作業だろう」

私は2008年夏に福岡県小郡市に越して来て、隣の佐賀県鳥栖市に住む原寮さんに会いたいと思って、お兄さんがやっているジャズ喫茶「コルトレーン、コルトレーン」には何度か行った(時々原さんも顔を見せるという話だったので)。

原さんは講演をしない人だったが、一度だけ、福岡市中央区の赤煉瓦の文学館で話をするということで勇んで申し込んだ。
ところが当日、当時書いていた小説のアイデアが浮かんで、そっちをどうしても書かなければと思って、原さんの方は断念した。

というわけで、一度もお会いできなかったのは残念である。

加耶が世界遺産に⁉2023/05/11

木製仮面2023/05/12

一昨日、佐賀市金立町にある縄文時代早期、8000年前の東名(ひがしみょう)遺跡を訪ねた。

東名縄文館という瀟洒な建物の中で、人面状木製品なる不思議な出土品を見た。
縁に6か所の穴が開き、裏には棒をあてがうような削り込みがあることから、棒にくくり付けて掲げたのではないかとみられており、いわゆる仮面かどうかは分からない。
それから6000年も後の木製仮面によく似ているのが興味深い。

南北九州の交流(塞ノ神式土器)2023/05/15

さて、東名遺跡の続きである。

東名縄文館で手に入れたパンフ(どれも非常によく出来ている)によると、東名遺跡から出土する土器のほとんどは塞ノ神(せのかん)B式土器と呼ばれる縄文時代早期の土器で、南九州に多く見られるという。

口が開いた平底のバケツのような形の土器である。
ハイガイなどで文様をつけているのが特徴。

有明海を介した南九州との交流が考えられるわけだが、一昨日(13日)に鹿児島市のふるさと考古歴史館を訪ねて、まさにその塞ノ神式土器に再会した。その話は次回。

南北九州の交流(塞ノ神式土器②)2023/05/15

鹿児島市のふるさと考古歴史館を久しぶりに訪ねて驚いた。

こんなに展示が充実しているとは。

リニューアルしたのか、それともこちらの知識が増して面白く感じられるようになったのか。

おそらく両方だろうが、やはり佐賀市の東名縄文館を訪ねていたおかげで、同じ塞ノ神式土器に出会ったりするとより一層興味深いのだ。

ところで、塞ノ神(せのかん)遺跡は伊佐郡菱刈町田中(現在は伊佐市)にある。

発掘調査は行われておらず、縄文土器や弥生土器、多種の石器が表面採集された。
塞ノ神式土器は多くの研究者によって論じられてきたが,1972年河口貞徳氏によってA(a,b)式からB(c,d)式に4細分され、南九州を代表する縄文時代早期の一型式となったという。

菱刈町なら大河・川内川が流れているので、縄文時代の丸木舟でも東シナ海に出るのは容易だろう。、
それから有明海を沿岸や島伝いに北上すれば、佐賀の東名まで行くのはさほど難しくはなさそうだ。

塞ノ神式土器は今や九州一円はおろか中国,四国地方からも発見され、広範な分布が分かっている。

南北九州の交流(塞ノ神式土器③)2023/05/15

昨日14日は鹿児島市の黎明館にも行ったが、そこにも塞ノ神式土器があった。