若嶋津の死去で思い出したこと2026/03/19

元大関の若嶋津が15日、亡くなった。

成績を見ると、昭和59年(1984)に2度優勝している。
若嶋津はこのとき27歳。
私は同年生まれだが、学年はひとつ下で、26歳。
鹿児島の新聞社で社会部の記者だった。

優勝が決まったその晩、デスクが「部屋に電話してコメントを取れ」と私に言う。
正直、「え、俺が?」と思った。
スポーツ担当ではなかったし、相撲部屋の取材は難しいと聞いていたからだ。
デスクはただ、若い私に言いやすかったのだろう。
私はデスクの命令には逆らわない方なので、腹を決めて電話した。

電話に出た若いもんが子機を渡してくれたのだろう、いきなり若嶋津が電話に出た。
祝宴の最中なのか、周りはわいわいがやがやとしている。
よく覚えていないが、まずはお祝いを言ってから、「お取り込み中すみません」とかナントカひたすら恐縮して尋ねたんだと思う。
そしたら案外、愛想よくコメントしてくれた。
ほっとした記憶がある。

それにしてもこの年、3月場所は14勝1敗で初優勝。5月場所は9勝6敗だったものの、7月場所では15戦全勝。
これで横綱昇進できないという、今では考えられない不運だ。

ところで、この頃は人名漢字にも厳しい制限があって、常用漢字しか使えなかった。
ところがなぜか長嶋茂雄だけは例外で、長「島」とはしなかった。
そして若嶋津も、地元出身であることから特別に「嶋」を許容したのである。

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