無我利道場‼️2026/05/15

修学旅行で辺野古の抗議船に乗った女子高生が転覆事故で死亡した事件で、運航していたヘリ基地反対協議会の浦島悦子代表がなんと、あの無我利道場の一員だったとは!

しかも、なんと昨日取り上げた1991年8月8日付南日本新聞の同じ面に無我利道場が掲載されているのだ!偶然とは思えない!

奄美大島の宇検村久志で共同生活をしていたグループ(大人5人、子供10人)が地元の追放運動によって、ついに16年もの共同生活を解消したというニュースだ。

この共同生活は、1975年に枝手久島石油基地計画に反対するために始まった。今、辺野古に県外住民が住み着いて基地反対運動をしているのとよく似ている。集団のヒッピー的な共同生活が風紀上許されないとして根強い追放運動が続いて、1989年にはグループは「無我利道場」の名称を捨てた。

記事に登場するグループ代表の山田ナオミ(39)は、35年経って74歳。浦島悦子と同じくらい?と思ったが、ウィキペディアによると浦島悦子は1948年生まれで、なんと鹿児島県川内市の出身!
Xの文中にある、無我利道場のコアメンバーの1人がその後「琉球民族独立総合研究学会」に所属したというのが山田かどうか…

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