日本人に働いてもらおうよ ― 2026/05/13
恥を忍んで書くと、私も選択定年で会社を早く辞めてから、また働こうと思ったときに大変苦労した。
履歴書を40枚は書いた。
履歴書って、保存してあるデータをプリントアウトってわけにはいかない。手書きしないといけないので大変時間がかかる。
もちろん会社に応じて中身もアレンジしないといけない。
面接に行って驚いたのは、私のような50〜60代よりも、30〜40代の求職者が多かったことだ。
私は幸い、そのうち2か所で働くことができたが、あの求職活動の苦しさはもう味わいたくない。
言いたくはないが、早期退職の報いというか、つけ、屈辱を存分に味わわされた。
若い人たちの絶望はもっともっと大きいことだろう。
今、日本人を断って、外国人を働かせようという連中がいる。
怒りを禁じ得ない。
履歴書を40枚は書いた。
履歴書って、保存してあるデータをプリントアウトってわけにはいかない。手書きしないといけないので大変時間がかかる。
もちろん会社に応じて中身もアレンジしないといけない。
面接に行って驚いたのは、私のような50〜60代よりも、30〜40代の求職者が多かったことだ。
私は幸い、そのうち2か所で働くことができたが、あの求職活動の苦しさはもう味わいたくない。
言いたくはないが、早期退職の報いというか、つけ、屈辱を存分に味わわされた。
若い人たちの絶望はもっともっと大きいことだろう。
今、日本人を断って、外国人を働かせようという連中がいる。
怒りを禁じ得ない。
先日、知人から聞いた話です。
— 安川 さちよ (@sachiyoehime118) May 12, 2026
引きこもりだった若者が、勇気を振り絞って就職面接へ行った。
しかし返ってきたのは
「働いた経歴がないから難しい」という言葉。
人手不足と言いながら、
経験がない日本人には厳しく、
安易に外国人労働力に頼る流れで本当にいいのでしょうか。
必要なのは、…
左翼の暴力性 ― 2026/05/14
磐越道で部活の高校生たちが乗ったマイクロバスがガードレールに衝突して男子生徒1人が死亡した事故の報道が、修学旅行で辺野古の活動家の船に乗せられた女子高生1人が転覆で死亡した事故よりも詳細に報道されていると問題視されている。全くその通りだと思うが、マイクロバス事故で思い出すことがある。
新聞社の枕崎支局にいたときのことだ。
支局というのは職住一体で365日24時間拘束されているので、初めての息抜きに一家3人で宮崎のシーガイアに泊まることにした。不在の間の事件事故が一番懸念されることなので、社会部と、支社支局を管轄する地域報道部には2日間休みを取ることを連絡しておいた。
朝、支局を出発して枕崎を出るか出ないかというところで、社会部から連絡があった。高校生の乗ったマイクロバスの事故があったというのだ。「休みだそうですからこちらでカバーします」という言葉はない。仕方がないので取って返し、取材を開始した。当然家族旅行はおじゃんでホテルもキャンセルだ。
30年前のことなので事故の詳細はよく覚えていないが、やはりスポーツの大会に向かうかなにかの高校生が7、8人乗ったマイクロだったと思う。死亡事故ではないし、怪我もあったのかどうか。これくらい社会部でカバーしてくれよと腹立たしい記憶があるので大した事故ではなかったと思う。
自分としては休みの連絡もしていたし落ち度はなかったのだが、支局長会議の際、社会部長に皆の前で叱責された。支局がまず一番にキャッチすべきなのに社会部からの連絡で事故を知るなどけしからんということだったと思う。当日は休みを取ると社会部に連絡していたことを部長は知らないようだった。それを言うべきだったのだろうが、火に油を注ぐと思って皆の前で恥を掻かされるまま黙っていた。
この部長Kはいわゆる瞬間湯沸かし器の短気者で、散々迷惑を蒙った。
初めての迷惑はKがまだ政経部員の時。私が常に参照するために机の前に立てていた大事な本を勝手に持ち出し、「借りたからな」と言ったっ切り返さなかったことだ。つまり盗みである。人がいない時に机を物色していたということも恐ろしい。
その後は幸いKとは仕事で関わりがなかったのだが、支局と社会部との関係になってから嫌がらせが始まった。
支局管内の祭りにこっそりやって来て、当事者の支局長には一言の断りもなく部長の職権で?写真を一面にカラーで勝手に載せた等々…。
今、しばき隊や辺野古の活動家の暴力性が問題になっているが、新聞社にいた左翼も暴力的だった。Kもその一人だ。
鹿児島でも朝鮮人の強制連行があったという、とんでもない嘘をでっち上げたのだ。是非その紙面とともに見て下さい(紙面はクリックで拡大して読めます)。↓
https://restart.asablo.jp/blog/2017/08/17/8649193
私の左翼嫌いの原点だ。
新聞社の枕崎支局にいたときのことだ。
支局というのは職住一体で365日24時間拘束されているので、初めての息抜きに一家3人で宮崎のシーガイアに泊まることにした。不在の間の事件事故が一番懸念されることなので、社会部と、支社支局を管轄する地域報道部には2日間休みを取ることを連絡しておいた。
朝、支局を出発して枕崎を出るか出ないかというところで、社会部から連絡があった。高校生の乗ったマイクロバスの事故があったというのだ。「休みだそうですからこちらでカバーします」という言葉はない。仕方がないので取って返し、取材を開始した。当然家族旅行はおじゃんでホテルもキャンセルだ。
30年前のことなので事故の詳細はよく覚えていないが、やはりスポーツの大会に向かうかなにかの高校生が7、8人乗ったマイクロだったと思う。死亡事故ではないし、怪我もあったのかどうか。これくらい社会部でカバーしてくれよと腹立たしい記憶があるので大した事故ではなかったと思う。
自分としては休みの連絡もしていたし落ち度はなかったのだが、支局長会議の際、社会部長に皆の前で叱責された。支局がまず一番にキャッチすべきなのに社会部からの連絡で事故を知るなどけしからんということだったと思う。当日は休みを取ると社会部に連絡していたことを部長は知らないようだった。それを言うべきだったのだろうが、火に油を注ぐと思って皆の前で恥を掻かされるまま黙っていた。
この部長Kはいわゆる瞬間湯沸かし器の短気者で、散々迷惑を蒙った。
初めての迷惑はKがまだ政経部員の時。私が常に参照するために机の前に立てていた大事な本を勝手に持ち出し、「借りたからな」と言ったっ切り返さなかったことだ。つまり盗みである。人がいない時に机を物色していたということも恐ろしい。
その後は幸いKとは仕事で関わりがなかったのだが、支局と社会部との関係になってから嫌がらせが始まった。
支局管内の祭りにこっそりやって来て、当事者の支局長には一言の断りもなく部長の職権で?写真を一面にカラーで勝手に載せた等々…。
今、しばき隊や辺野古の活動家の暴力性が問題になっているが、新聞社にいた左翼も暴力的だった。Kもその一人だ。
鹿児島でも朝鮮人の強制連行があったという、とんでもない嘘をでっち上げたのだ。是非その紙面とともに見て下さい(紙面はクリックで拡大して読めます)。↓
https://restart.asablo.jp/blog/2017/08/17/8649193
私の左翼嫌いの原点だ。
無我利道場‼️ ― 2026/05/15
修学旅行で辺野古の抗議船に乗った女子高生が転覆事故で死亡した事件で、運航していたヘリ基地反対協議会の浦島悦子代表がなんと、あの無我利道場の一員だったとは!
しかも、なんと昨日取り上げた1991年8月8日付南日本新聞の同じ面に無我利道場が掲載されているのだ!偶然とは思えない!
奄美大島の宇検村久志で共同生活をしていたグループ(大人5人、子供10人)が地元の追放運動によって、ついに16年もの共同生活を解消したというニュースだ。
この共同生活は、1975年に枝手久島石油基地計画に反対するために始まった。今、辺野古に県外住民が住み着いて基地反対運動をしているのとよく似ている。集団の共同生活が風紀上許されないとして根強い追放運動が続いて、1989年にはグループは「無我利道場」の名称を捨てた。
記事に登場するグループ代表の山田ナオミ(39)は、35年経って74歳。浦島悦子と同じくらい?と思ったが、ウィキペディアによると浦島悦子は1948年生まれで、なんと鹿児島県川内市の出身!
Xの文中にある、無我利道場のコアメンバーの1人がその後「琉球民族独立総合研究学会」に所属したというのが山田かどうか…
浦島悦子が一時期飯の種にしていた無我利道場は奄美での石油備蓄基地建設反対運動にかこつけて作られた組織だった。だが落ち目になってくると浦島悦子は沖縄に生活の場を移した。…
— 茶請け (@ttensan2nd) May 15, 2026
しかも、なんと昨日取り上げた1991年8月8日付南日本新聞の同じ面に無我利道場が掲載されているのだ!偶然とは思えない!
奄美大島の宇検村久志で共同生活をしていたグループ(大人5人、子供10人)が地元の追放運動によって、ついに16年もの共同生活を解消したというニュースだ。
この共同生活は、1975年に枝手久島石油基地計画に反対するために始まった。今、辺野古に県外住民が住み着いて基地反対運動をしているのとよく似ている。集団の共同生活が風紀上許されないとして根強い追放運動が続いて、1989年にはグループは「無我利道場」の名称を捨てた。
記事に登場するグループ代表の山田ナオミ(39)は、35年経って74歳。浦島悦子と同じくらい?と思ったが、ウィキペディアによると浦島悦子は1948年生まれで、なんと鹿児島県川内市の出身!
Xの文中にある、無我利道場のコアメンバーの1人がその後「琉球民族独立総合研究学会」に所属したというのが山田かどうか…

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