鹿児島市に戦争博物館を ― 2022/06/08
個人的には、珈琲、お茶が飲めたり、ケーキやイタリアンが食べられたり、日替わりでいろんなお店が入ったら、飽きないし、面白いと思う。
— 番兵 #鹿児島を盛り上げ隊 (@bampei8181) June 6, 2022
景色も綺麗だし。
テナント料を修繕費の一部に回せば、日本でも数少ない石造建築を後世に残せるのに…誰かお偉いさんにと届かないかな〜この想い🤔#鹿児島 pic.twitter.com/8ES37SO3kN
旧鹿児島県立博物館考古資料館。
鹿児島市城山町にある(照國神社至近)。
明治16年(1883年)建築。県内では尚古集成館(鹿児島市吉野町)に次いで古い。石造。
私が子供の頃は県立博物館だった(昭和28年~同55年)。
昭和56年から県立博物館考古資料館となるが、平成14年に閉館し、そのままになっている。
現在、保存活用が検討されているようだが、西南戦争から太平洋戦争までの戦争博物館にしてはどうだろうか。
西南戦争については熊本の激戦地田原坂に立派な資料館があるが、肝心の鹿児島には何一つない。
日清・日露戦争では鹿児島出身の大山巌や東郷平八郎が大活躍している。
また、太平洋戦争の真珠湾攻撃では、鹿児島湾(錦江湾)が飛行機の突入訓練に使われたのは有名な話だ。
特攻隊は鹿児島の知覧、万世、鹿屋から飛び立った。
沖縄戦の司令官は鹿児島出身の牛島満大将。
最後の陸軍大将である(最初の陸軍大将は西郷隆盛)。
これまでなら戦争嫌いの連中から「けっ」と言われただろうが、ロシア・ウクライナ戦争で国防意識の高まっている時である。
今でしょ。
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