令和初コラム2019/05/05

令和になってまだブログを書いてなかった!

ともあれ、ほぼ同世代の天皇陛下が誕生し、より時代との一体感というか、日本を無事に次の世代へ渡していく責任を感じます。

皇后陛下も全力で応援します(誕生日が同じ)。

那須戦争博物館2019/05/11

行ってみなくちゃね!

6/28陸上100m決勝見るぞ!2019/05/13

東京オリンピックのチケットは取れそうにないので、陸上の日本選手権を見ることにした。

夕方のKBCテレビ、サニブラウン9.9秒の話題で、実は来月、陸上の日本選手権が福岡であるんです、と。

それでS席は売り切れてるが、A席ならまだ空いているという。
しかも3000円とけっこうリーズナブル。

ネットで検索すると、A席6000円で売ってる。
どうしようか、でも、おかしい。テレビでは3000円と言っていたのに。

陸連の公式HPで調べると、やっぱり3000円だ。
危ない、危ない。なんか変な業者のページだったんだな。

そうしてチケットぴあで、本当に取れました!
100メートル決勝の日!

第103回日本陸上競技選手権大会 兼ドーハ2019世界陸上競技選手権大会日本代表選手選考競技会
2019/6/28(金)16:30
東平尾公園博多の森陸上競技場 (福岡県)

チケット料金:A席 一般 2枚 計6,000円
システム利用料:216円 × 2枚 計 432円
配送手数料:756円
合計金額:計 7,188円

チケットぴあって余計な料金がかかる。
イープラスで取ったほうがよかったかな?

さあ、すごい戦いになりそうだ!

次の一冊2019/05/15

もう一冊、戦争について書きたいものがあるのだが、切り口が見つからない。

前回は林芙美子という私独自の切り口があったから出版してもらえたが、このまま書いても面白いものにはならない。ありきたりでは出してはくれないだろう。

なんかもっと自分にしか書けないものを見つけないとダメだ。

困った。

切り口、切り口…。

ユニークな切り口、私独自の切り口が見つからない限り、書いても無駄だ。

いったんこのテーマはやめるか…。

南日本出版文化賞の応募結果は?2019/05/17

第45回南日本出版文化賞は、福田忠弘著「海耕記 原耕が鰹群(なぐら)に翔けた夢」(筑波書房、四六判、288ページ、3024円)に決まったそうだ。

残念ながら、拙著「林芙美子が見た大東亜戦争」は受賞を逃しましたが、想定内(笑)。

自虐史観に毒された地方新聞社が、南京大虐殺を否定する本に賞を与えるはずがありません。

分かっていながら応募したのは、私の意趣返し。

そもそも1月の刊行時にはすぐ文化部長(かつての部下)宛てに本を送っていた。

私としては別に書評まで望んだわけではなく、本が出た事実を知らせるだけの短信で全然かまわないという気持ちだった。

ところが、それすらなく完全に無視されたので、出版社にお願いして一面に二度も広告を出してもらい、注意を喚起した(笑)。

それでも一行も出ない。

そこで、ちょうどその時期に南日本出版文化賞の募集要項を知り、応募して〝揺さぶり〟をかけた次第。
社外の選考委員だから、新聞社の意向とかかわりなく間違って選考を通るかもしれない。
3/18に送った(4/1必着)。

すると、案の定、慌てたらしい。
既報のように、4/21付読書面にレビューが掲載された。

その内容は選考委員の心証をあらかじめ悪くしようという、姑息なものだった。
そうして落選への既定路線を敷いておき、その通りになった次第だ。
地方新聞の闇はそれくらい深い。

選考委員は、田村省三(尚古集成館前館長)、鮫島吉廣(鹿児島大学客員教授)、村瀬士朗(鹿児島国際大学教授)の3氏。

鮫島さんは枕崎支局時代、明治蔵におられたので、本当によくお目にかかり取材した相手だ。
彼に消息を伝えただけでも応募の意味はある。

選考経過、講評は6月上旬に掲載されるというから楽しみだ。
私の本を全く無視して、一言も触れなければ、それはそれで不自然で問題だろう。

※これについては後日談がある。
応募した4冊は、落選の場合、新聞社に引き取りに行くか、着払いでの宅配をするとのことだったので、宅配で返してもらった。
戻ってきた4冊を見て驚いた。
全く読んだ様子のない、まっさらなきれいさだったのだ。
読んでいない証拠には、本に挟まっている「補充カード」が抜かれもせず、ぴったりそのままの状態だったことで明確だ。
これはどういうことだろう。
そもそも選考委員に送ってさえいないという疑いがある。
もしそうなら、大変な問題である。

北方領土問題の始まり2019/05/20

維新の先生方に、拙著『林芙美子が見た大東亜戦争』第五章「北方領土問題の始まり」を読んでいただきたい。
       ◇
加藤聖文著『「大日本帝国」崩壊』(中公新書)に、意外な事実が書いてある。
「一般住民を巻き込んだ国内唯一の地上戦は沖縄戦という表現は正しくない。『内地』であった樺太で行われた戦闘が住民を巻き込んだ最後の地上戦であって、しかも八月十五日を過ぎても続いていた」
満州にソ連軍が侵攻した8月9日の朝、ソ連軍は南樺太にも武力行使した。国境警察を襲撃して巡査2人を殺害し、監視哨を砲撃したのである。
そして、同11日から、本格的な樺太侵攻作戦が始まった。
不意打ちの侵攻に直面しながら、日本軍は頑強に抵抗した。
しかし、14日午後6時にポツダム宣言受諾が伝えられ、15日には玉音放送が流れた。
停戦と戦闘という相反する命令で、現場では混乱が生じていた。
一方、ソ連軍は16日、恵須取(えすとる)近郊に上陸、住民で組織した義勇戦闘隊員を巻き込んだ市街戦となり、17日に占領された。その過程で、ソ連軍に追われた太平炭鉱病院の看護婦による集団自決が起きた。
20日未明、ソ連軍艦が真岡に艦砲射撃を加えた後、上陸して市街を制圧した。真岡郵便局の女性交換手9人が服毒自殺した。
22日、ようやくソ連との間に停戦協定が成立した。ところが、その直後、ソ連軍機が豊原を爆撃する。「日本内地に対する最後の無差別爆撃」である。ソ連軍機は爆弾を投下した上で、避難民に機銃掃射した。これによって100人以上が死亡したとみられている。
ソ連軍は23日豊原、25日大泊に進駐し、南樺太全土を占領した。そして大泊を拠点に、南千島占領へ向かった。
28日択捉島に上陸し、翌日日本軍を武装解除。9月1日国後島と色丹島、同5日歯舞諸島を占領した。
以上が、北方領土問題の始まりである。
樺太と千島で拘留された日本軍兵士はシベリアへ送られた。
       ◇
この事実に怒りを覚えない日本人がいるだろうか。

正直言って、維新には期待していた。
改憲勢力として。
次の参院選では少なくとも比例では維新に入れようと思っていた。

ところが、今回の丸山穂高発言への対応に驚いた。

速攻で切り捨て。
誰一人、同僚をかばわない。

丸山議員の発言を録音で聞くと(何でも録音される嫌な時代であるというのは別問題として)、確かにひどく酔っ払っている。
国会での理路整然とした様子はない。

しかし、まず、大前提として、上記のようにソ連が日本のポツダム宣言受諾・天皇の終戦の詔勅後、半月以上も領土を奪い取る野心満々に攻撃を続けた結果、不法・違法に力で北方四島を奪い取ったのだ。
その過程でたくさんの日本人が死んでいる。

維新の松井代表は、
「丸山議員の発言は酒を飲んでの不適切なものではありました。しかし、これを機会にソ連、そして今のロシアがどうして北方領土を不法占拠しているのか歴史をよく知っていただきたいと思います」
と言うべきであった。

ところが正反対に、ロシア大使館に謝罪に行くという、政治家としてあってはならないこと(反国家行為)をしてしまった。

一事が万事。
維新への期待は失墜した。
なぜ大阪都構想を急ぐのかまで裏があるように思えてきた。

やっぱり「腐っても自民党」に入れるしかないようだ。

野党は全部滅んで、自民党一党政治になり、自民右派と自民左派でやり合い、調整して日本の政治は進めるしかないようだ。

国家の非常時に「宮様」は必要2019/05/22

旧宮家の復活は今、天皇制存続の観点でのみ論じられているが、実は国家の非常時にも「宮様」たちの活躍の場は大いにある。

昭和20年8月15日、敗戦とともに、鈴木貫太郎内閣は総辞職した。
後継は通常の内閣では果たし得ない。
無条件降伏である以上、軍強硬派を抑えて武装解除しなければならないのだ。
連合国軍の本土進駐も無事に行われなければならない。

昭和天皇の希望もあり、東久邇宮稔彦(なるひこ)王に8月16日大命が降下し、17日東久邇宮内閣が成立した。
史上初の宮様内閣だった。

350万人に及ぶ外地の日本軍に対しては、朝香宮鳩彦(やすひこ)王を支那総軍に、竹田宮恒徳(つねよし)王を関東軍と朝鮮軍に、閑院宮春仁王を南方総軍に派遣し、終戦の詔勅を各司令官に伝えた。

こうして武装解除、引き揚げが大きな混乱もなく実現できたのである。