同期に嵌められ組合の班長に2021/11/07

10月11日付で、きゃりーぱみゅぱみゅの自分は「ぼっち」だという告白を紹介した。

初めて芸能人が「自分は友達がいない」と話してるのを聞いたのは7、8年ほど前だったか。
確かハーフの若い女の子で、華やかなイメージと違うのと、その正直さに驚いた。

それまで、友達がいないことは恥ずかしいことだというのが〝常識〟で、そんな事を明かす人はいなかった。
あ、それ、言ってもいいんだと勇気づけられたのは確かだ。

それからぽつりぽつりと「自分には友達がいない」とテレビで言う人が増えて、今では「友達がいない芸能人」で検索するとたくさん出てくる。
ここまで多いとまるで流行りのようで、嘘っぽくなるけどね。

私も会社にいる時、友達は同期の二人しかいなかった。
そのうち一人は早く辞めて歯医者になったから、残るは一人だ。

この同期三人は転職組だったから、7月入社だった。
4月に入った新卒の連中は20人くらいいて、一応、彼らも同期ということになった。

そのうち編集局には7人ほど配属になり、慣例で皆、校閲部からスタートした。
私も7月から校閲部に配属になったのだが、早速、4月入社の同期たちにだまされた。

労働組合の班長になってほしいという。
組合の大会は毎年8月で、そこで交代するというのだ。
私は7月入社で組合の研修もなかったから、班長なんてきっと簡単な役なんだろうと安請け合いしてしまった(断れない性分)。

すると思ったより大変な仕事で、それは省略するが、何よりも「だまされた」のは翌年の8月の大会まで代われないということだった。

私以外の同期は翌年4月からそれぞれ取材部に巣立っていったが、私一人は校閲部に取り残されたままだった。若き日の貴重な貴重な1年を棒に振らされたのだ。

この陰謀の中心になった三ツ安という男は調子のいい奴で、今では役員になっている。

こんなこともあった。
三ツ安は、私が奄美大島支社長をやった後釜になったが、赴任前、私に洗濯機、冷蔵庫、掃除機を譲ってくれという。
私は「いいよ」とOKした(断れない性分)。

普通はタダで人から物をもらったら、なにがしかのお礼をすると思うが、三ツ安は全く何もしなかった。

一年たって家の掃除機が壊れたので返してくれと三ツ安に言ったら、掃除機をむき出しでガムテープで縛って送ってきたので壊れていた。


話を元に戻すと、私の残り一人の本当の同期は、私と一緒に選択定年で辞めた。
私はしばらくして引っ越したので、彼とも年に一度電話で話すくらいになった。
あるとき電話が一時間を超えて、私は長電話が世の中で一番嫌いなので、「もう切りたい」と言ったら、それ以来、縁が切れてしまった。

それで私には友達が一人もいないというお話でした。

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