イノシシと犬シリーズ2022/11/02

古墳時代の装飾付き須恵器(写真上)。

縄文土器では世界に類のない独創的な土器を量産した日本人が、弥生時代に朝鮮や中国の影響を受けると、弥生土器というデザインに乏しい、つまら~~ん土器を作るようになった。

それが古墳時代になって揺り戻しが起き、またまた日本人が持って生まれた独創性・デザイン性を発揮し始めたのが、この装飾付き土器であり、さらに花開いたのが埴輪文化だと思う。


それはともかくとして。

この福岡県みやこ町の呰見(あざみ)大塚古墳出土の装飾付須恵器(6世紀)に付いている動物はイノシシと雌雄のシカだと説明されている。

イノシシははっきりと分かる。
しかし、他の2頭はシカじゃないよ!

雄ジカに角がない。

そして、2頭のお尻がコブのように盛り上がっているのは、犬が尾を巻いた表現だろう(シカの尾はこんなに大きくない)。

同じ6世紀の埴輪を見てほしい(10/21付参照)。
犬を使ったイノシシ狩りは当時好まれたテーマだったのだ。

とても弱そうな武人埴輪2022/11/02

福岡県行橋市の八雷古墳(大型の前方後円墳)で見つかった人物埴輪(6世紀)。

胴部中央に格子状の沈線が刻まれて「札甲(さっこう)」を表現している。

札甲とは、革・鉄・銅製の小札(こざね)を紐や革紐でつづり合わせた鎧である。

こう見えても武人なのだ。

こちらは立派な武人2022/11/02

行橋市の稲童21号墳については既に10/31付で書いたが、本日午前、九州歴史資料館の特別展「京都(みやこ)平野と豊国(とよのくに)の古代」で出土品の現物を見てきたので再度紹介したい。

21号墳は現地では小さな盛り上がりにしか見えず(写真左上)、立派な武具など数々の副葬品が出たのは不思議なくらいだった。

てっぺんに金銅の飾りが立ち、眉ひさしの付いた冑(かぶと)に、鋲留めの鎧は大きく立派で驚いた(写真右)。
実際に人が着ていたのだから大きいのは当たり前なのだが、写真だけではそこは考えていなかった。

発掘時の写真(左下)を見てもらうと(ガラスの反射でちょっと見にくいが)、石室の中に鎧、冑が散らばって?いるのが分かる。

石並古墳の被葬者の家来ではあるが、その中でも最も功のあった武人だったのだろう。

「朝鮮式山城」と呼ぶのはやめよう2022/11/02

九州歴史資料館の特別展「京都平野と豊国の古代」で、うれしい説明を目にした。
この通りだと思う。

旅人は隼人を討った2022/11/02

これも九州歴史資料館で見たパネルの一つ。

大伴旅人といえば、天平二年(730)に梅花の宴を催し、そのときに詠まれた歌の序文「令月にして風和らぐ」から元号「令和」が採られたことで知られ、文人のイメージが強い。

しかし、実は武人であり、梅花の宴の10年前には征隼人大将軍に任ぜられている。