那珂八幡古墳が一つの答えか ― 2022/12/05
「ヤマトに服属」定説に一石か 福岡市の那珂八幡古墳 北部九州独自の形状https://t.co/ZtbuWSNhA0
— 古墳にコーフン協会 (@kofun_ni_kohfun) February 14, 2019
記事の最後にある教授のコメントが一つの答えかな。
九州大の溝口孝司教授(考古学)は「古墳時代の初期は近畿が地方を支配していたわけではなく、近畿と各地の首長たちによるネットワーク連合という形だったのではないか。各地域の古墳に独自性があった可能性がある」と話している。
ただ、3世紀に北部九州にあった邪馬台国(女王国連合)との関係・関連は何ら明らかになっていない。
これは森浩一さんの言う「北部九州勢力のヤマトへの東遷」を真剣に検討しなければならないかもしれない。
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