大スキャンダル③ ― 2026/06/25
不可解なセスナ機の墜落事故。
当時の新聞コピーを鹿児島県立図書館から取り寄せたが、レファレンス係の見落としで南日本新聞6日付夕刊の一報は送られてこなかった。
2年後(2019年8月)またあらためて取り寄せた南日本新聞6日付夕刊3面(社会面)がこれだ。クリックすれば拡大できる。
紙面の中央(腹という)に5段見出しで突っ込んでいる。
何しろ「正午ごろ」の発生だ。
夕刊1面・社会面は原稿〆切の時間である。
降版(印刷に回す)は午後1時だ。
発生をキャッチしてから取材し原稿を書くにはギリギリだ。
これが間に合ったのは支局のキャッチが速かったからだろう。
記事を見ると分かるが、これは警察情報ではない。
発生後、三島村営硫黄島飛行場から枕崎空港に連絡があり、常駐している枕崎市企画調整課空港係がすぐに枕崎支局に一報を伝えてくれたとしか考えられない。
事件事故の原稿も、原則、現地の支局が書かねばならない。
本社の社会部も手伝ってはくれる。
この場合、そもそも三島村は本社の管轄なので、三島村には社会部が聞き、枕崎支局が枕崎市から得て書いた記事とまとめて夕刊に突っ込んだという形だ。
5段見出しをわずか23行の記事で支えるために、全く関係ない日米共同訓練の写真をそれらしく抱き込んでいる。よくやる手法だ。
こうして正午ごろに発生した事故を夕刊に突っ込んだ。
あっぱれ、というべきだろうか。
私としては、枕崎支局と枕崎市との余りにスムーズな連携に引っかかりを覚えないではいられない。
スムーズ過ぎるのだ。
支局はあらかじめ事故を知っていた?
そんなことはあり得ないはずだ。
だが、乗客のN氏は明らかに精神的におかしくなっていた。そのことを考えれば、搭乗前に支局に予告?の電話をしてきたなんてことも想像してしまう。憶測に過ぎないだろうか?
当時の新聞コピーを鹿児島県立図書館から取り寄せたが、レファレンス係の見落としで南日本新聞6日付夕刊の一報は送られてこなかった。
2年後(2019年8月)またあらためて取り寄せた南日本新聞6日付夕刊3面(社会面)がこれだ。クリックすれば拡大できる。
紙面の中央(腹という)に5段見出しで突っ込んでいる。
何しろ「正午ごろ」の発生だ。
夕刊1面・社会面は原稿〆切の時間である。
降版(印刷に回す)は午後1時だ。
発生をキャッチしてから取材し原稿を書くにはギリギリだ。
これが間に合ったのは支局のキャッチが速かったからだろう。
記事を見ると分かるが、これは警察情報ではない。
発生後、三島村営硫黄島飛行場から枕崎空港に連絡があり、常駐している枕崎市企画調整課空港係がすぐに枕崎支局に一報を伝えてくれたとしか考えられない。
事件事故の原稿も、原則、現地の支局が書かねばならない。
本社の社会部も手伝ってはくれる。
この場合、そもそも三島村は本社の管轄なので、三島村には社会部が聞き、枕崎支局が枕崎市から得て書いた記事とまとめて夕刊に突っ込んだという形だ。
5段見出しをわずか23行の記事で支えるために、全く関係ない日米共同訓練の写真をそれらしく抱き込んでいる。よくやる手法だ。
こうして正午ごろに発生した事故を夕刊に突っ込んだ。
あっぱれ、というべきだろうか。
私としては、枕崎支局と枕崎市との余りにスムーズな連携に引っかかりを覚えないではいられない。
スムーズ過ぎるのだ。
支局はあらかじめ事故を知っていた?
そんなことはあり得ないはずだ。
だが、乗客のN氏は明らかに精神的におかしくなっていた。そのことを考えれば、搭乗前に支局に予告?の電話をしてきたなんてことも想像してしまう。憶測に過ぎないだろうか?
大スキャンダル④ ― 2026/06/25
平成9年版の『航空事故調査委員会事務局報』(社団法人・日本航空機操縦士協会)を入手して事故を確認したが、殘念ながらこの時点ではまだ、平成9年11月6日、薩摩硫黄島飛行場で、東和航空(株)のJA4053セスナ式172P型が、離陸直後、飛行場の滑走路側オーバーラン脇に墜落したというだけで、人員の死傷等もなし(!)という簡単なものだった。
そこでAIに聞いてみると、正確にうまくまとめてくれた。
平成9年(1997年)11月6日に薩摩硫黄島飛行場で発生した、東和航空所属のセスナ172P(登録記号:JA4053)の墜落事故について、運輸安全委員会(当時の航空事故調査委員会)の報告書などの資料をもとに詳細をまとめました。
この事故は、一般的な機体の不具合や気象条件によるものではなく、「乗客の意図的な妨害行動(自殺)」という、航空事故の中でも極めて異例かつ衝撃的な原因によって引き起こされたものです。
事故の概要
発生日時 平成9年(1997年)11月6日 12時02分ごろ
発生場所 鹿児島県三島村 薩摩硫黄島飛行場 滑走路18側オーバーラン脇
運航会社 東和航空株式会社(不定期航空運送事業のチャーター便)
使用機材 セスナ式172P型(登録記号:JA4053)
搭乗者 機長1名、乗客1名(計2名)
被害状況 機体は大破(火災はなし)。機長・乗客ともに墜落による死傷はなし(※後述)。
事故当日の経過と墜落の瞬間
1. 硫黄島への到着
事故機は当日午前、枕崎飛行場(のちの枕崎空港)で遊覧飛行を3回行った後、チャーター飛行のため機長のみが搭乗して11時30分に枕崎を離陸、11時50分に薩摩硫黄島飛行場に着陸しました。
2. 離陸と異変
島から枕崎へ戻るため、右操縦席(セスナ機は副操縦席側にも操縦桿やペダルが連動して設置されています)に乗客を乗せ、12時01分ごろに滑走路36から離陸を開始しました。機体は滑走路中央の手前付近で正常に浮揚し、順調に上昇を始めました。
3. 操縦桿の押し下げ
滑走路中央付近で高度約25〜30メートルに達したその時、右席の乗客が突然身を乗り出し、両手で操縦桿を握り、身体全体の体重をかけて前方に激しく押し下げてきました。機首は急激に下を向き、滑走路面が目の前に迫る状態になりました。機長は慌てて操縦桿を引き戻し、機体を立て直そうと必死に抵抗しましたが、乗客が強い力で操縦桿を押し下げ続けたため、機体は完全に操縦不能(コントロールを喪失した状態)に陥りました。
4. 墜落
制御を失った機体は西側に流されながら、滑走路18側のオーバーラン(滑走路末端の先にある敷地)脇の緑地帯に墜落、大破しました。幸いにも燃料への引火による火災は発生せず、衝撃の割に機長・乗客ともにこの時点での大きな怪我はありませんでした。
事故の真相と背後関係
墜落直後、機体は大破したものの命に別条のなかった乗客は、混乱する現場からそのまま行方をくらましました。その後、警察や関係者による捜索が行われましたが、後日、飛行場近くの海中からこの乗客の遺体が発見されました。その後の捜査により、この乗客は「セスナ機を道連れにした航空機自殺」を図ったものと断定されました。
運輸安全委員会の報告書(原因)
「本事故は、同機が離陸直後、右操縦席に搭乗した乗客の操縦桿を押し下げる異常な行動により、機体が操縦不能に陥ったため、墜落したことによるものと推定される。」
分類:SECURITY RELATED(セキュリティ関連事案)
小型のセスナ機は構造上、右側の座席(本来は副操縦席)にも完全に連動した操縦装置があるため、乗客がひとたび強い力で操縦桿を操作してしまうと、左席の機長一人の力だけでそれを力ずくで抑え込み、リカバリーすることは物理的に非常に困難です。チャーター便という密室、かつ離陸直後の低高度という一瞬の隙を突いた悲劇的な事件でした。
(以上)
AIに作成させたが、公表資料を基にまとめたものなので、これが公的な結論だと考えて間違いない。
「極めて異例かつ衝撃的な原因」による航空事故。それは「セスナ機を道連れにした航空機自殺」だった。
死亡したのは私もよく知るN氏だった。市長選出馬の意向は知っていたが、なんと決起集会を2日後に控えていたという。「自殺」の動機は謎に包まれている。
そこでAIに聞いてみると、正確にうまくまとめてくれた。
平成9年(1997年)11月6日に薩摩硫黄島飛行場で発生した、東和航空所属のセスナ172P(登録記号:JA4053)の墜落事故について、運輸安全委員会(当時の航空事故調査委員会)の報告書などの資料をもとに詳細をまとめました。
この事故は、一般的な機体の不具合や気象条件によるものではなく、「乗客の意図的な妨害行動(自殺)」という、航空事故の中でも極めて異例かつ衝撃的な原因によって引き起こされたものです。
事故の概要
発生日時 平成9年(1997年)11月6日 12時02分ごろ
発生場所 鹿児島県三島村 薩摩硫黄島飛行場 滑走路18側オーバーラン脇
運航会社 東和航空株式会社(不定期航空運送事業のチャーター便)
使用機材 セスナ式172P型(登録記号:JA4053)
搭乗者 機長1名、乗客1名(計2名)
被害状況 機体は大破(火災はなし)。機長・乗客ともに墜落による死傷はなし(※後述)。
事故当日の経過と墜落の瞬間
1. 硫黄島への到着
事故機は当日午前、枕崎飛行場(のちの枕崎空港)で遊覧飛行を3回行った後、チャーター飛行のため機長のみが搭乗して11時30分に枕崎を離陸、11時50分に薩摩硫黄島飛行場に着陸しました。
2. 離陸と異変
島から枕崎へ戻るため、右操縦席(セスナ機は副操縦席側にも操縦桿やペダルが連動して設置されています)に乗客を乗せ、12時01分ごろに滑走路36から離陸を開始しました。機体は滑走路中央の手前付近で正常に浮揚し、順調に上昇を始めました。
3. 操縦桿の押し下げ
滑走路中央付近で高度約25〜30メートルに達したその時、右席の乗客が突然身を乗り出し、両手で操縦桿を握り、身体全体の体重をかけて前方に激しく押し下げてきました。機首は急激に下を向き、滑走路面が目の前に迫る状態になりました。機長は慌てて操縦桿を引き戻し、機体を立て直そうと必死に抵抗しましたが、乗客が強い力で操縦桿を押し下げ続けたため、機体は完全に操縦不能(コントロールを喪失した状態)に陥りました。
4. 墜落
制御を失った機体は西側に流されながら、滑走路18側のオーバーラン(滑走路末端の先にある敷地)脇の緑地帯に墜落、大破しました。幸いにも燃料への引火による火災は発生せず、衝撃の割に機長・乗客ともにこの時点での大きな怪我はありませんでした。
事故の真相と背後関係
墜落直後、機体は大破したものの命に別条のなかった乗客は、混乱する現場からそのまま行方をくらましました。その後、警察や関係者による捜索が行われましたが、後日、飛行場近くの海中からこの乗客の遺体が発見されました。その後の捜査により、この乗客は「セスナ機を道連れにした航空機自殺」を図ったものと断定されました。
運輸安全委員会の報告書(原因)
「本事故は、同機が離陸直後、右操縦席に搭乗した乗客の操縦桿を押し下げる異常な行動により、機体が操縦不能に陥ったため、墜落したことによるものと推定される。」
分類:SECURITY RELATED(セキュリティ関連事案)
小型のセスナ機は構造上、右側の座席(本来は副操縦席)にも完全に連動した操縦装置があるため、乗客がひとたび強い力で操縦桿を操作してしまうと、左席の機長一人の力だけでそれを力ずくで抑え込み、リカバリーすることは物理的に非常に困難です。チャーター便という密室、かつ離陸直後の低高度という一瞬の隙を突いた悲劇的な事件でした。
(以上)
AIに作成させたが、公表資料を基にまとめたものなので、これが公的な結論だと考えて間違いない。
「極めて異例かつ衝撃的な原因」による航空事故。それは「セスナ機を道連れにした航空機自殺」だった。
死亡したのは私もよく知るN氏だった。市長選出馬の意向は知っていたが、なんと決起集会を2日後に控えていたという。「自殺」の動機は謎に包まれている。

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