大スキャンダル⑤ ― 2026/06/27
そもそもN氏はなぜ市長選立候補を決意するに至ったのか。
3期12年務めた名物市長が引退を表明し、枕崎市の有力者たちは後継者選びに入ったが地元候補では一本化できず、東京でサンケイリビング新聞の編成局長をしていた今急冷に白羽の矢が立った。長く故郷を離れ落下傘候補に近かったが、中央とのパイプを期待されたのだ。今急冷は無投票当選した。
そのときN氏は市の総務課長だった。総務課長といえば行政の要である。新市長の人事では助役に抜擢されるとみられていた。ところが助役と収入役には従順でおとなしそうな年老いた2人が選ばれた。やり手のN氏は敬遠され、近隣の一市三町でつくる広域消防組合の消防長となった。左遷である。
N氏は恨みつらみを周りに隠そうとはせず、誰かれ構わず今急冷の悪口をまくし立てた。支局にもよくやってきたが、私は根気よく人の話を聞くので、ますます通ってくるのだった。
今思えば、私は自分が市長と社長から支局長を交代させられようとしている話をすれば、N氏も大いに憤慨してくれただろうが、当時は構図がよく分からなかったこともあり、私はもっぱらN氏の愚痴の聞き役だった。
そうして私は支局から本社に戻り、N氏ともご無沙汰していたので、事故には驚いた。報道ははじめ匿名だったので、自分が誰かの連絡でN氏だと知ったのかどうか、記憶にない。
乗客の男性が行方不明なので、県警ヘリが鹿児島市の谷山ヘリポートから鹿児島中央署員20人を乗せて硫黄島へ出発し、地元の消防団員と協力して捜索した。
事故の翌々日(11月8日)朝、N氏は硫黄島の湾内から遺体で発見された。
滑走路の一方の端は、防風林が20メートルほど続いたあと切り立った崖となっており、ここから海に転落していた。
死因は頭がい骨粉砕骨折による脳挫傷。
死後約48時間経過していたことから、飛行機墜落後まもなく転落したらしい。
当時は自殺なのか、足を踏み外した事故なのかはっきりしなかったが、最終的には自殺と断定されたようだ。
N氏は、航行中の航空機を墜落させたとして、「航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律」違反の疑いで、被疑者死亡のまま書類送検された。
今急冷は翌年1月、再び無投票当選した。
3期12年務めた名物市長が引退を表明し、枕崎市の有力者たちは後継者選びに入ったが地元候補では一本化できず、東京でサンケイリビング新聞の編成局長をしていた今急冷に白羽の矢が立った。長く故郷を離れ落下傘候補に近かったが、中央とのパイプを期待されたのだ。今急冷は無投票当選した。
そのときN氏は市の総務課長だった。総務課長といえば行政の要である。新市長の人事では助役に抜擢されるとみられていた。ところが助役と収入役には従順でおとなしそうな年老いた2人が選ばれた。やり手のN氏は敬遠され、近隣の一市三町でつくる広域消防組合の消防長となった。左遷である。
N氏は恨みつらみを周りに隠そうとはせず、誰かれ構わず今急冷の悪口をまくし立てた。支局にもよくやってきたが、私は根気よく人の話を聞くので、ますます通ってくるのだった。
今思えば、私は自分が市長と社長から支局長を交代させられようとしている話をすれば、N氏も大いに憤慨してくれただろうが、当時は構図がよく分からなかったこともあり、私はもっぱらN氏の愚痴の聞き役だった。
そうして私は支局から本社に戻り、N氏ともご無沙汰していたので、事故には驚いた。報道ははじめ匿名だったので、自分が誰かの連絡でN氏だと知ったのかどうか、記憶にない。
乗客の男性が行方不明なので、県警ヘリが鹿児島市の谷山ヘリポートから鹿児島中央署員20人を乗せて硫黄島へ出発し、地元の消防団員と協力して捜索した。
事故の翌々日(11月8日)朝、N氏は硫黄島の湾内から遺体で発見された。
滑走路の一方の端は、防風林が20メートルほど続いたあと切り立った崖となっており、ここから海に転落していた。
死因は頭がい骨粉砕骨折による脳挫傷。
死後約48時間経過していたことから、飛行機墜落後まもなく転落したらしい。
当時は自殺なのか、足を踏み外した事故なのかはっきりしなかったが、最終的には自殺と断定されたようだ。
N氏は、航行中の航空機を墜落させたとして、「航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律」違反の疑いで、被疑者死亡のまま書類送検された。
今急冷は翌年1月、再び無投票当選した。
最近のコメント