庄司薫氏に捧ぐ、1979年の僕の文章 ― 2026/06/28
今、僕らの声を代弁する文学者は誰か?
今、僕らの声を代弁する文学者は誰か、と銘打ったが、では、「僕らの声」とは何だろうか。わからない。それがわかれば、僕らに文学などいらない。僕らは、僕ら若者の声、同世代の共感を文学に見出そうとするからだ。そこで定義付けをしてみる。僕らの声を代弁する文学とは、現実の閉ざされた、沈滞した状況を切り開いてみせ、その向こうに新しくて広い空間を見せてくれる文学である。なぜなら若者は、享楽的なだけでなく(そういう面は確かにある)、この時代や原状に満足せず、何らかの新しい展開や希望や社会・時代との関わりを求めていると信ずるからだ。では、そういう文学が今あるだろうか。
高橋和巳→庄司薫→中上健次という流れを設定してみよう。連想ゲームをすれば「硬い→さわやか→泥くさい」または「厳しい→やさしい→激しい」とでもなろうか。この3人を若者の代弁者とするには異論があるにせよ、この3人が「ある時代」を象徴しているのは確かだろう。
10年前の学生を論ずるのにかかせない全共闘、その全共闘の問題提起「大学解体」「自己否定からの出発」を真摯に受け止めた高橋和巳。例えば大学の講堂などの封鎖戦術も建物による、一つの機構の「自己否定」だとして、「それが同時に既存の秩序全体に向けての非常に強烈な告発になっている」と考えた(「自己否定の論理」)。
しかし、多くの学生が共鳴し行動した全共闘運動は、機動隊の「力」と内ゲバにより挫折し、学生運動は一般学生に見放され、混迷を深める。その挫折・混迷に対して、自分自身の頭で考えること、思いやりややさしさという答を与えた庄司薫。それは単純なことだが、「薫クン」によって救われた元学生運動家や一般学生は多かったのではないか。それが歳月が下って僕らの世代になると、薫クンはファッションと化し、その意味を失ってしまう。
(以下略)
〜「MILESTONE '79 12/1増大号」(早大マイルストーン編集会)〜
庄司薫氏が亡くなった。88歳。20歳も上だったか?
庄司薫と村上春樹の若者に対するポップな影響力の大きさはよく似ている。
赤黒白青4部作(1969〜1977)はもちろん全部読んだし、NHKでドラマ化されて薫クンの彼女を仁科明子が演じたことも忘れられない。
1979年には上のように「薫クンはファッションと化し、その意味を失ってしまう」なんて書いているが、それまでは多大な影響を受けていたのは間違いない。
ようやく出来た彼女の腰を抱いて歩いたのもその影響じゃなかったか??
今、僕らの声を代弁する文学者は誰か、と銘打ったが、では、「僕らの声」とは何だろうか。わからない。それがわかれば、僕らに文学などいらない。僕らは、僕ら若者の声、同世代の共感を文学に見出そうとするからだ。そこで定義付けをしてみる。僕らの声を代弁する文学とは、現実の閉ざされた、沈滞した状況を切り開いてみせ、その向こうに新しくて広い空間を見せてくれる文学である。なぜなら若者は、享楽的なだけでなく(そういう面は確かにある)、この時代や原状に満足せず、何らかの新しい展開や希望や社会・時代との関わりを求めていると信ずるからだ。では、そういう文学が今あるだろうか。
高橋和巳→庄司薫→中上健次という流れを設定してみよう。連想ゲームをすれば「硬い→さわやか→泥くさい」または「厳しい→やさしい→激しい」とでもなろうか。この3人を若者の代弁者とするには異論があるにせよ、この3人が「ある時代」を象徴しているのは確かだろう。
10年前の学生を論ずるのにかかせない全共闘、その全共闘の問題提起「大学解体」「自己否定からの出発」を真摯に受け止めた高橋和巳。例えば大学の講堂などの封鎖戦術も建物による、一つの機構の「自己否定」だとして、「それが同時に既存の秩序全体に向けての非常に強烈な告発になっている」と考えた(「自己否定の論理」)。
しかし、多くの学生が共鳴し行動した全共闘運動は、機動隊の「力」と内ゲバにより挫折し、学生運動は一般学生に見放され、混迷を深める。その挫折・混迷に対して、自分自身の頭で考えること、思いやりややさしさという答を与えた庄司薫。それは単純なことだが、「薫クン」によって救われた元学生運動家や一般学生は多かったのではないか。それが歳月が下って僕らの世代になると、薫クンはファッションと化し、その意味を失ってしまう。
(以下略)
〜「MILESTONE '79 12/1増大号」(早大マイルストーン編集会)〜
庄司薫氏が亡くなった。88歳。20歳も上だったか?
庄司薫と村上春樹の若者に対するポップな影響力の大きさはよく似ている。
赤黒白青4部作(1969〜1977)はもちろん全部読んだし、NHKでドラマ化されて薫クンの彼女を仁科明子が演じたことも忘れられない。
1979年には上のように「薫クンはファッションと化し、その意味を失ってしまう」なんて書いているが、それまでは多大な影響を受けていたのは間違いない。
ようやく出来た彼女の腰を抱いて歩いたのもその影響じゃなかったか??
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